【量子 x 音楽】なぜ、この組み合わせ? 誕生秘話
クラウドファンディング活動報告で橋本幸士プログラム委員長により連載された「量子x音楽」誕生秘話をまとめて再掲しました。
【量子 x 音楽】なぜ、この組み合わせ? 誕生秘話(1)
こんにちは、量子フェスプログラム委員会委員長の橋本幸士です。多くの皆さまのご支援、ありがとうございます!すでに100名以上の方のご支援をいただき、大変ありがたく感じております。そこで。。。この度の活動報告では、「量子 x 音楽」の誕生秘話の一部をお届けします。
まずは「量子 x 音楽」の楽曲を、少しだけお楽しみください。
交響曲(2022年初演)動画 → https://player.vimeo.com/video/912309551
量子フェスで音楽、と聞いて、なぜ音楽?と思われた方も多いかもしれません。
実は、本量子フェスの姉妹版として、量子力学が生まれた地・ドイツで開催されるドイツ量子フェス(2025年11月15日にドイツ・ミュンスターで開催)でも、このたびのN’SO Kyotoによる「量子楽曲」が上演されることが決まっています。ドイツ・量子フェスのウェブページ → https://quantum100.de/
フランス人作曲家のヤニック・パジェさんと私の共同研究がスタートしたのは、2018年の身体パフォーマンス舞台作品「Every day is a new beginning」(前田英一 作・演出・出演)において、私が舞台に登り、そしてパジェさんが音楽を担当していた頃まで、遡ります。
動画(舞台作品「Every day is a new beginning」)→ https://vimeo.com/280716592
私たちはその頃、身体を通じて、物理学と芸術がつながることを実験していました。その作品が作られる過程を通じて、物理学の基礎的な構成物体である「量子(素粒子)」と、音楽の基礎的な構成部分である「和音」の間に、類似性があることに気づいたのです。この類似性を突き詰めていくと、この宇宙の基礎的な原理と音楽の作曲の原理の類似性、そしてその先には、宇宙の真理を音楽という心を揺さぶるもので表現できてしまうのではないか — 私たちの冒険は、そこから始まったのです!(続く)

【量子 x 音楽】なぜ、この組み合わせ? 誕生秘話(2)
みなさん、量子フェスへのご支援をありがとうございます。「量子 x 音楽」誕生秘話の続編をお届けします!
この度の量子フェスの交響曲を作曲されたのはYannick Paget(ヤニック・パジェ)さんです。
https://www.yannickpaget.com/about/
ここで、パジェさんをご紹介しましょう。パジェさんは、指揮科と打楽器科でパリ国立高等音楽院を卒業されました。マレク・ヤノフスキ、佐渡裕、ヨルマ・パヌラ、ゾル ト・ナジー、デビッド・ロバートソンの各氏に師事すると共に、英国王立音楽大学に在籍し指揮を学ばれました。その後、パーカッション奏者としてデビューを果たし、フランス国立放送フィルハーモニー管弦楽団、トゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団、グスタフ・マーラー・オーケストラ、他多数の演奏活動をなさり、一方で、指揮者としてのデビューはパリで、交響曲、オペラ、コンテンポラリーなどの分野で幅広いレパートリーを活かした指揮活動をされました。ラムルー管弦楽団で5年間、佐渡裕氏のアシスタントを務め、その後来日、2008 年より大阪教育大学合唱団、オーケストラの首席指揮者を務めるかたわら、2010 年からは関西シティフィルハーモニー交響楽団にも客演指揮者として参加し、大阪をはじめとする関西圏で毎年数々のコンサートをこなしています。京都在住にして日本全国とヨーロッパで主に活躍され、最近では演劇の指揮と作曲も多く行っていらっしゃいます。
作曲理論と指揮そして演奏者としてのプロフェッショナルであるパジェさんは、私も参加した舞台芸術で、宇宙を支配する量子の考え方について、興味を持ちました。音楽も実は和音の総体として構成され、その背後には理論があります。宇宙も量子の総体として構成され、その背後には素粒子の標準模型があります。素粒子が理論として統一されている様を知ったパジェさんは、その調和に基づいて、そして音楽理論に基づいて、パジェさん自身の手により、音楽的宇宙を素粒子論に基づくモチーフによる交響曲で構築しようと決意されたのです。
そこで、私たちは共同研究を始めました。素粒子を和音に翻訳してみて、そして素粒子の相互作用を和音の連続に翻訳してみる、という極めて実験的な作業となっていったのです。これが、量子を音楽にする、という共同作業の始まりでした。(続く)

【量子 x 音楽】なぜ、この組み合わせ? 誕生秘話(3)
Yannick Pagetさんとの出会いと、「量子x音楽」の共同研究の始まりについては、前回の【誕生秘話(2)】で少しお話ししましたが、その後の展開について、ここで記してみましょう。
和音と素粒子の間の対応をもとに、素粒子の反応を音楽に翻訳する作業が始まりました。「素粒子の標準模型」と呼ばれる、現在知られているすべての素粒子の間の相互作用を記述する数式は、対称性と呼ばれる原理で書かれています。対称性によると、17種類の素粒子は様々な量子の性質を持っており、それは電子なら電荷が−1である、といった数字の組み合わせに集約されます。その数字が、ちょうど足すとゼロになるような組み合わせで素粒子は反応を起こすのです。
様々な素粒子の反応を、素粒子の標準模型や超ひも理論に基づいて書き下し、それを、和音との対応ルールを用いて音楽に翻訳してみるというチャレンジが始まりました。電磁気学的な相互作用や、弱い相互作用、強い力、そして重力、それぞれが活躍するような典型的な状況を物理学で記述します。素粒子の反応を、「ファインマンダイヤグラム」と呼ばれる素粒子論特有の描画法で描くと、それがちょうど、素粒子がどのようにくっついたり離れたりするかを時間変化を追って眺められるようになります。それを音楽に翻訳すれば、和音の流れが生まれるのです。
もちろん、このままでは、人間が美しいと感じられる音楽にはなりません。私たち人類が楽しむ音楽とは、今までの音楽の歴史に基づいて、進化発展してきたものです。そこには音楽の作曲理論があり、それ自体は素粒子論や量子とは深く関係はしていません。Yannick Pagetさんは、今まで学んで実践してきたご自身の音楽理論を用いて、素粒子の反応にどう気付けられた和音列をモチーフとして、作曲に取り組まれました。
この作業には、音楽家Yannick Pagetさんをしても、大変長い時間がかかりました。2021年9月には、大阪のザ・シンフォニーホールでご自身の指揮により、交響曲の元となる楽曲「アマテラス」を初演されます。この作品には、光や重力の考えなどが取り込まれ、劇場で配布されたパンフレットには物理学の説明が長く載っており、集まった聴衆の方々が物理学の考えに触れることとなりました。
これらが元となり、最終的に、交響曲として結実したのです。このたびの量子フェスで上演される交響曲は、このように誕生しました。
当然のことながら、音楽と物理学は違います。交響曲そのものが全て量子の考えに基づいているわけではありません。しかし、人間が何を美しいと感じるか、そして作曲された交響曲が物理学の量子という考えへの入り口となるように、この交響曲は作曲されています。Yannick Pagetさんと私の共同研究は、お互いをリスペクトしながら、ひとつの芸術となりました。量子フェス会場で、この新しい芸術を、ぜひ楽しんでください!
