量子力学、これまでの100年、これからの100年
いまからちょうど100年前の1925年、量子力学はその産声をあげました。ドイツの物理学者ヴェルナー・ハイゼンベルクによって、量子力学の最初の形式的体系である「行列力学」が発表されたのです。翌1926年には、オーストリア出身の物理学者エルヴィン・シュレーディンガーが波動形式の理論を提唱し、さらに1927年には、量子力学の本質ともいえる「不確定性原理」が再びハイゼンベルクによって発表されました。こうして世界は1925年を起点に、一気に量子革命の時代へと突入していったのです。日本では大正が終わり、昭和が幕開けした時代です。
量子力学の誕生により、人類はこの100年間で自然界の極微の世界に対する理解を飛躍的に深め、新たなテクノロジーを次々と生み出してきました。まさに、20世紀から21世紀にかけての100年を、人類は量子力学とともに歩んできたと言えるでしょう。量子力学の応用は、パソコン、スマートフォン、LEDなど、現代技術の礎を築きました。こうした技術革新は、18世紀の蒸気機関の発明によって始まった「産業革命」に匹敵する、「第2次産業革命」と呼ぶにふさわしいものです。
さて、量子力学という学問は、専門家に限らず、専門外の方々にとっても魅力的である一方、非常に難解で、どこか親しみにくいと感じられることもあるかもしれません。しかし近年では、量子コンピュータや量子暗号といった言葉を、メディアやSNSを通じて日常的に目にする機会が増えています。「量子」はもはや科学者だけの「オタクごと」ではなく、私たち一人ひとりに関わる「自分ごと」となりつつあります。日本物理学会では、専門家・非専門家を問わず、すべての方に量子力学の不思議さや魅力、そして量子技術の可能性に触れていただき、量子を「自分ごと」として感じていただける場を提供したいという強い思いから、このたび「量子フェス」を開催いたしました。
アルベルト・アインシュタインは、「世界は、生きていくのに危険な場所だ。それは悪意を持った人々がいるからではなく、問題に対して無関心な人が多いからだ」と述べたとされています。私たちが科学から関心を失ってしまうことの危うさは、今なお変わりません。この100年の中で、私たちは核エネルギーの誤った利用という痛ましい経験を経て、科学技術をいかに正しく活かすべきかという問いに向き合ってきました。この問いに対して、専門性や性別、国籍などの違いは一切関係ありません。科学技術の研究や開発は専門家の役割である一方、その成果と責任は社会全体に関わるものです。量子力学のような最先端科学についても、すべての人が関心を持ち、その活用のあり方を共に考えていくことが、これからの100年を形づくる鍵になると、私たちは確信しています。「量子フェス」が、そのような気づきや対話のきっかけとなることを願いながら、ご来場いただいた皆さまに心より感謝申し上げます。
末筆ながら、本イベントの開催にあたっては、クラウドファンディングをはじめ、多くの皆さまから温かいご支援とご声援を賜りました。この場をお借りして、厚く御礼申し上げます。なお、来年2026年には日本物理学会が創立80周年を迎え、さらに2027年には、東京数学会社(のちの日本数学物理学会)の設立から150周年を迎える節目の年となります。今後とも、日本物理学会への変わらぬご支援を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。
日本物理学会 量子フェス実行委員長
山本貴博(東京理科大学 教授)
